2010年5月11日火曜日

自由への道ーチベット 国際人権週間デモ

[2008年12月6日(土)]

出発場所:新宿区「柏木公園」 集合:13:00〜 行進:13:30〜
到着場所:四谷区「新宿公園」



皆様おはようございます。

いままでこういった集会でお話をしていただきたいと言われたことが2度あるんですけれども、2度ともお断りしてきましたが、今回西依さんでいらっしゃいましたので、お受けさせていただきました。
なんで私がこんなガラガラを持っているかと言いますと、ガラガラ持たなければいけなくて、今日はちょっと東京に参りました。
実は今カルデンさんがおっしゃったこと、それに通ずることで一言触れたいと思います。

私、9時50分から30分、東京のあるお寺の場所で、ある方にお会いしました。
日本を代表する宗派の、ある派の管長さんです、
中国に76回行っていらっしゃる方。
日本の仏教界の中では最大の中国寄りのお坊さんでいらっしゃいます。
お寺を4つ復興されました。
ただその方はダライ・ラマ法王猊下と二度三度すでにお会いされていらっしゃるんですね。
その方が、じゃあ76回中国に入ったからといって、その方が中国寄りかと言うと、事実関係は中国寄りですけれど、心は中国の中の数多くの人たちのこころを見ようとされていて、心でつながろうとされていらっしゃる。
そして、同じようにダライ・ラマ法王猊下とお会いされて、法王猊下のお言葉を聞いていらっしゃいます。

重要なのはですね、私たちが、様々な残虐なことを知りえてしまった私たちがですよ、それをもとに私たちがその人を恨んだり、憎んだり、戦いをするにあたって、恨みでもって戦うことを私たちは捨てていくべきだということなんです。
それを実践されることができているのは、日本国内のチベットの方々であり、カルデンさん方であることは、みなさんよくご存知だと思います。

オリンピックの祭、収録されました様々な映像の中で、とても印象的な映像がございました。
それは、終わった後、1時間ぐらい特集でしたか、ニュースの中でございましたよね。
中国人の今回動員された学生さん方に、高速のサービスエリアでカルデンさんが話しかけて、握手を求め続けた、あの映像を見ていらっしゃいますよね。
あれは、実は勝ち負けが、人間は、世の中は、あったりなかったりする。
あれはすべてカルデンさんが勝ちです。
勝ち負けで判断した場合。
あの心が実は優れた心です。
相手とコミュニケーションしよう、話をしよう、それで握手をいたい。
この心です。
この心というのは高い心であって、広い心です。

様々な悪しき心が私たちの目の前にある。
日本国内でも同じですし、このチベットに関わっては特にそうだと思います。

しかし、私たちはその心を蓑前にしても、同じ心になってはいけないんです。
それこそダライ・ラマ法王猊下が「いちばんいけないことです」とおっしゃってることです。

名川クバ、そういった一つ一つの見聞きしてしまった恐るべきこと、悲しみのことを私たちの心の中の、心の泉の、瓶を低くもちまして、一つ一つをその中に沈めていく、沈めていきながら、それでも私たちは前を見て、それでも上を仰ぎ見て、より広い心を持つ努力を一人一人がして、日本におられますチベットの人たちの心に寄り添い、そして中国人達とも、彼らとも話をして対話をして、彼ら自身の一人一人に私たちが心を伝えていくことが、とても重要だと思います。

中国の人だから全部チベットを悪く思っている、そうとは限りません。
やはり少数民族の人、田舎で貧しい暮らしをしている人はチベットや少数民族の人たちに対して、連帯とか悲しみの心とか、自分たちと同じ苦しみをもっているんだという風に思ってたりします。
都会に住んでいても、苦労している中国人の中で、悪いことをしないで生きていこうと思っている人もいます。
そういう人たちと私たちが結びつくことによって、心がつながることによって、もっと広い心でチベットを理解していただくことが、かなうことになります。

そういった意味で今日お集りの皆様方は、一人一人がそういうお使いができる方です。
仏様神様はそれを願っています。
ダライ・ラマ法王猊下もそれを願っています。
私たちがチベットの旗を持つ時、チベットの旗を仰ぎ見る時、そのチベットの方々が信じている仏というものがあって、であるがゆえに、ここまでこられることができた。
であるがゆえに、あれだけ心清らかでおられるということを私たちも学ばなければならないのです。同様の心をもってチベットを支える、同様の心をもってチベットがフリーであることを願い、同様の心をもっていって、中国の人たちのところにも話をして、つながって、心通じ合って、伝えるべきことを伝えていって、同じ様な心になっていただくことを願いながら、行動して頂くことを切にお願い致します。

私は所詮坊主でございます。
どうしてもこういう話の仕方になってしまうことをお許しいただければ、と。
世の中は争いに満ちた世の中であるがゆえに、争いに満ちない世の中を作っていかなければならないのが、私たち人間の使命です。
それで皆様お一人お一人がそれを実現していく、果たしていく、伝えていくお役目があるということを、心の中にしっかりと持っていただきたいことをお願い申し上げます。

善光寺の坊主として申し上げることは以上です。

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