■『チベット大地震犠牲者49日追悼法要/平和の祈りキャンドルコンサート』
〜あの時を忘れない、善光寺さんありがとう〜
場所:市道善光寺南線、駒返り橋周辺
主催・共催:宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会
/若麻績敬史/虹の架け橋 内田孝己、市民、他
協力:アーティスト/Yoshie Ebihara、Candle JUNE、他
後援:長野灯明まつり事務局
参加者:主催・共催・協力・後援関係者、一般市民
内容:チベット大地震犠牲者49日追悼法要
平和の祈りキャンドルコンサート
追悼法要
募金活動を行い、ダライラマ法王事務所日本支部を通して復興支援に寄付させていただく
平和を祈る
2010年7月22日木曜日
2010年5月12日水曜日
The torch relay will begin! At the time of Zenkouji
ラベル:
事例集
【2008年4月26日 善光寺での追悼法要で】
ご苦労をね、皆さんされている中で、よくその清らかな心を保って、今日までおこしに
なられたと思います。とても難しいことだと思います。
いろんな目にあいますとね、悔しい気持ちとか憎む気持ちとかでね、心が変わってしまって、濁ってしまって、顔が変わってしまって、願いも変わってしまいますね。
でも皆様方そうじゃないですね。
まだまだ清らかな心で、優しい心をお持ちになっていて、それで努力されていらっしゃいますから。さらに尊いことでさらにご苦労だと思います。
皆様方のお姿を通して、私たち日本人も今回いろんな事を学んだと思うのです。
これからのご縁だと思います。よろしくお願いします。
ご苦労をね、皆さんされている中で、よくその清らかな心を保って、今日までおこしに
なられたと思います。とても難しいことだと思います。
いろんな目にあいますとね、悔しい気持ちとか憎む気持ちとかでね、心が変わってしまって、濁ってしまって、顔が変わってしまって、願いも変わってしまいますね。
でも皆様方そうじゃないですね。
まだまだ清らかな心で、優しい心をお持ちになっていて、それで努力されていらっしゃいますから。さらに尊いことでさらにご苦労だと思います。
皆様方のお姿を通して、私たち日本人も今回いろんな事を学んだと思うのです。
これからのご縁だと思います。よろしくお願いします。
善光寺・チベット騒乱犠牲者追悼法要
ラベル:
事例集
4月26日朝(明朝)、チベット自治区で起きた暴動での犠牲者を追悼する法要が善光寺の本堂で営まれます。大勧進と大本願、一山寺院の住職さんなどが結成した「平和を願う僧侶の会」が発意したもので、国や宗教などの差異を超えた平和な世界の実現を訴えて、国籍、民族を問わず、つまり、チベット民族も漢民族(中国人)も等しく対象にして行なわれる法要です。
<<続きを読む(N-gene[エヌジン]HPより)>>
<<続きを読む(N-gene[エヌジン]HPより)>>
宗派超え長野の祈り 善光寺でチベット犠牲者追悼
ラベル:
事例集
[2008年5月1日]
約三千人の警備隊が配置され、厳戒態勢の中で実施された四月二十六日の北京五輪・長野聖火リレー。
出発地を辞退した善光寺では同日、一連の騒乱で犠牲となったチベット族・漢族すべての菩提を弔う追悼法要が営まれた。
また、地元長野の寺院や全国から参集した仏教者たちは、チベットの自由と平和、人権尊重を訴える活動を各地で展開した。
<<続きを読む(中外日報社HPより)>>
約三千人の警備隊が配置され、厳戒態勢の中で実施された四月二十六日の北京五輪・長野聖火リレー。
出発地を辞退した善光寺では同日、一連の騒乱で犠牲となったチベット族・漢族すべての菩提を弔う追悼法要が営まれた。
また、地元長野の寺院や全国から参集した仏教者たちは、チベットの自由と平和、人権尊重を訴える活動を各地で展開した。
<<続きを読む(中外日報社HPより)>>
自由への道ーチベット 世界人権デーにチベットの人権を訴えるデモ行進
ラベル:
事例集
[2009年12月5日(土)]
善光寺徳行坊の若麻績敬史です。
本日のチベット・デモに参加出来なくなりまして、本当に申し訳ありません。
ダライ・ラマ法王さまがお話されますこととは別のお話を申し上げます。
善きこととか正しいことには、私たちはきっちりと執着すべきです。
活路を見い出すことには、果てはありません。
「光は暗闇にて輝く」のです。
極めて個人的なことですが、私には16歳も年下の恩人とも云えます敬愛する友人がおります。
その者は、例え1%でも可能性が見えれば、前に向かって進む人物です。
しかし、その人物は家族関係が原因で自分の人生が自分自身の人生にならなくなりました。
前に向かって進み続けることが出来なくなりました。
今は、この私がその者の分も含めて、前に向かって山を登っております。
二人分の人生を背負って山を登ります。
あきらめることが有り得ない人生の山登りです。
そして、登るべき山は、はっきりとわかりました。
山の頂きも、私にははっきりと見えます。
しかし、これからは私には未体験の3000m級の高さです。
幸いにも、私は経験豊富なシェルパたちと出会うことが出来ました。
これからは、彼らと一緒に登っていきます。
山の頂きには、私たちの生命の幸せを願っておられます神さまと仏さまがいらっしゃいます。
今や見えずらくなった頂きを見えやすくして、登りずらくなった道を登りやすくして、これからみんながちゃんと登れるように整えることが私たちの使命だと思っております。
そんな私が更にわかりましたことは、今日ここにお見えの皆さまともその道筋で出会いましたということです。
お互いにしっかりと努力していくことを確認し合い覚悟を固めましょう。
私たちの努力の果てに、様々な人たちの幸せがあります。
そして、かのジャンヌ・ダルクが、決して剣を取らずに常に旗を揚げましたように、私たちも決して剣を取らずに闘い抜く覚悟が必要になります。。。
チベットを巡る様々に困難な状況は、いよいよ予断を許しません。
世界中の人々の困難な人生に更に輪を懸けての困難さが、世界中に散らばります多くのチベット人たちの心にのしかかっております。
私たちは、彼らの心を励まさなければなりません。
そして、私たちは私たち自身の心をも励まさなければなりません。
祈ることです。
この世とあの世にいらっしゃいます神さまと仏さま、様々な聖霊を心に念じ、唇を噛み締め心を引き締めて祈ることです。
祈りにこそ国境はありません。
祈りにこそ人種や宗教の違いはありません。
そして、そうした祈りの果てに、心からの連帯が生じます。
本日ここにお見えの皆さま方にお願い申し上げます。
今、この場にて空をまっすぐ見上げてください。
もしも、新宿の空が長野と同様に曇っていても、真上の空の果てには神さまと仏さまがいらっしゃいます。
尊い闘いの末に、大切な命を奪われました方々もおられます。
今度は、空を見上げながら空の四方を眺めてください。
空の果てに、様々な土地があり様々な人たちがおられます。
喜びも悲しみも悩みも苦しみも、私たちと同様に味わい、心の中にちゃんとしまっておられます何十億人もの人たちが
おられます。
その人たちのお名前もお顔も知らなくても、喜びも悲しみも悩みも苦しみも持ち合う者同士であります一点を通して
私たちは同志であり同胞になりえます。
更に申し上げますれば、善き心とか正しき心を持ち合う者同士の一点を通しての同志であり同胞であります。
世界中は、悪しき心よりも善き心、正しき心、清き心で満ちております。
それこそが、この世の真実であり、この世がこの世たる由縁です。
本日ここにお見えの皆さま方は、これからのデモに際しましては、沿道の人たちに向かってではなく、
この大空の果ての世界中の善き心、正しき心、清き心、美しき心の人たちに伝えるために「フリー・チベット」の
誓いの心を大声でお伝えください。
皆さまの善き心、正しき心、清き心、美しき心は、世界中にこそ必ず伝わります。
そうした心こそが、この世の共通の心であり、この世とあの世を繋ぐ心であり、神さま仏さまと私たちを
繋ぐ心ですから。
本日ここにお見えの皆さま方のご尽力を、長野の善光寺からお祈り申し上げます。
善光寺徳行坊の若麻績敬史です。
本日のチベット・デモに参加出来なくなりまして、本当に申し訳ありません。
ダライ・ラマ法王さまがお話されますこととは別のお話を申し上げます。
善きこととか正しいことには、私たちはきっちりと執着すべきです。
活路を見い出すことには、果てはありません。
「光は暗闇にて輝く」のです。
極めて個人的なことですが、私には16歳も年下の恩人とも云えます敬愛する友人がおります。
その者は、例え1%でも可能性が見えれば、前に向かって進む人物です。
しかし、その人物は家族関係が原因で自分の人生が自分自身の人生にならなくなりました。
前に向かって進み続けることが出来なくなりました。
今は、この私がその者の分も含めて、前に向かって山を登っております。
二人分の人生を背負って山を登ります。
あきらめることが有り得ない人生の山登りです。
そして、登るべき山は、はっきりとわかりました。
山の頂きも、私にははっきりと見えます。
しかし、これからは私には未体験の3000m級の高さです。
幸いにも、私は経験豊富なシェルパたちと出会うことが出来ました。
これからは、彼らと一緒に登っていきます。
山の頂きには、私たちの生命の幸せを願っておられます神さまと仏さまがいらっしゃいます。
今や見えずらくなった頂きを見えやすくして、登りずらくなった道を登りやすくして、これからみんながちゃんと登れるように整えることが私たちの使命だと思っております。
そんな私が更にわかりましたことは、今日ここにお見えの皆さまともその道筋で出会いましたということです。
お互いにしっかりと努力していくことを確認し合い覚悟を固めましょう。
私たちの努力の果てに、様々な人たちの幸せがあります。
そして、かのジャンヌ・ダルクが、決して剣を取らずに常に旗を揚げましたように、私たちも決して剣を取らずに闘い抜く覚悟が必要になります。。。
チベットを巡る様々に困難な状況は、いよいよ予断を許しません。
世界中の人々の困難な人生に更に輪を懸けての困難さが、世界中に散らばります多くのチベット人たちの心にのしかかっております。
私たちは、彼らの心を励まさなければなりません。
そして、私たちは私たち自身の心をも励まさなければなりません。
祈ることです。
この世とあの世にいらっしゃいます神さまと仏さま、様々な聖霊を心に念じ、唇を噛み締め心を引き締めて祈ることです。
祈りにこそ国境はありません。
祈りにこそ人種や宗教の違いはありません。
そして、そうした祈りの果てに、心からの連帯が生じます。
本日ここにお見えの皆さま方にお願い申し上げます。
今、この場にて空をまっすぐ見上げてください。
もしも、新宿の空が長野と同様に曇っていても、真上の空の果てには神さまと仏さまがいらっしゃいます。
尊い闘いの末に、大切な命を奪われました方々もおられます。
今度は、空を見上げながら空の四方を眺めてください。
空の果てに、様々な土地があり様々な人たちがおられます。
喜びも悲しみも悩みも苦しみも、私たちと同様に味わい、心の中にちゃんとしまっておられます何十億人もの人たちが
おられます。
その人たちのお名前もお顔も知らなくても、喜びも悲しみも悩みも苦しみも持ち合う者同士であります一点を通して
私たちは同志であり同胞になりえます。
更に申し上げますれば、善き心とか正しき心を持ち合う者同士の一点を通しての同志であり同胞であります。
世界中は、悪しき心よりも善き心、正しき心、清き心で満ちております。
それこそが、この世の真実であり、この世がこの世たる由縁です。
本日ここにお見えの皆さま方は、これからのデモに際しましては、沿道の人たちに向かってではなく、
この大空の果ての世界中の善き心、正しき心、清き心、美しき心の人たちに伝えるために「フリー・チベット」の
誓いの心を大声でお伝えください。
皆さまの善き心、正しき心、清き心、美しき心は、世界中にこそ必ず伝わります。
そうした心こそが、この世の共通の心であり、この世とあの世を繋ぐ心であり、神さま仏さまと私たちを
繋ぐ心ですから。
本日ここにお見えの皆さま方のご尽力を、長野の善光寺からお祈り申し上げます。
2010年5月11日火曜日
自由への道ーチベット 国際人権週間デモ
ラベル:
事例集
[2008年12月6日(土)]
出発場所:新宿区「柏木公園」 集合:13:00〜 行進:13:30〜
到着場所:四谷区「新宿公園」

皆様おはようございます。
いままでこういった集会でお話をしていただきたいと言われたことが2度あるんですけれども、2度ともお断りしてきましたが、今回西依さんでいらっしゃいましたので、お受けさせていただきました。
なんで私がこんなガラガラを持っているかと言いますと、ガラガラ持たなければいけなくて、今日はちょっと東京に参りました。
実は今カルデンさんがおっしゃったこと、それに通ずることで一言触れたいと思います。
私、9時50分から30分、東京のあるお寺の場所で、ある方にお会いしました。
日本を代表する宗派の、ある派の管長さんです、
中国に76回行っていらっしゃる方。
日本の仏教界の中では最大の中国寄りのお坊さんでいらっしゃいます。
お寺を4つ復興されました。
ただその方はダライ・ラマ法王猊下と二度三度すでにお会いされていらっしゃるんですね。
その方が、じゃあ76回中国に入ったからといって、その方が中国寄りかと言うと、事実関係は中国寄りですけれど、心は中国の中の数多くの人たちのこころを見ようとされていて、心でつながろうとされていらっしゃる。
そして、同じようにダライ・ラマ法王猊下とお会いされて、法王猊下のお言葉を聞いていらっしゃいます。
重要なのはですね、私たちが、様々な残虐なことを知りえてしまった私たちがですよ、それをもとに私たちがその人を恨んだり、憎んだり、戦いをするにあたって、恨みでもって戦うことを私たちは捨てていくべきだということなんです。
それを実践されることができているのは、日本国内のチベットの方々であり、カルデンさん方であることは、みなさんよくご存知だと思います。
オリンピックの祭、収録されました様々な映像の中で、とても印象的な映像がございました。
それは、終わった後、1時間ぐらい特集でしたか、ニュースの中でございましたよね。
中国人の今回動員された学生さん方に、高速のサービスエリアでカルデンさんが話しかけて、握手を求め続けた、あの映像を見ていらっしゃいますよね。
あれは、実は勝ち負けが、人間は、世の中は、あったりなかったりする。
あれはすべてカルデンさんが勝ちです。
勝ち負けで判断した場合。
あの心が実は優れた心です。
相手とコミュニケーションしよう、話をしよう、それで握手をいたい。
この心です。
この心というのは高い心であって、広い心です。
様々な悪しき心が私たちの目の前にある。
日本国内でも同じですし、このチベットに関わっては特にそうだと思います。
しかし、私たちはその心を蓑前にしても、同じ心になってはいけないんです。
それこそダライ・ラマ法王猊下が「いちばんいけないことです」とおっしゃってることです。
名川クバ、そういった一つ一つの見聞きしてしまった恐るべきこと、悲しみのことを私たちの心の中の、心の泉の、瓶を低くもちまして、一つ一つをその中に沈めていく、沈めていきながら、それでも私たちは前を見て、それでも上を仰ぎ見て、より広い心を持つ努力を一人一人がして、日本におられますチベットの人たちの心に寄り添い、そして中国人達とも、彼らとも話をして対話をして、彼ら自身の一人一人に私たちが心を伝えていくことが、とても重要だと思います。
中国の人だから全部チベットを悪く思っている、そうとは限りません。
やはり少数民族の人、田舎で貧しい暮らしをしている人はチベットや少数民族の人たちに対して、連帯とか悲しみの心とか、自分たちと同じ苦しみをもっているんだという風に思ってたりします。
都会に住んでいても、苦労している中国人の中で、悪いことをしないで生きていこうと思っている人もいます。
そういう人たちと私たちが結びつくことによって、心がつながることによって、もっと広い心でチベットを理解していただくことが、かなうことになります。
そういった意味で今日お集りの皆様方は、一人一人がそういうお使いができる方です。
仏様神様はそれを願っています。
ダライ・ラマ法王猊下もそれを願っています。
私たちがチベットの旗を持つ時、チベットの旗を仰ぎ見る時、そのチベットの方々が信じている仏というものがあって、であるがゆえに、ここまでこられることができた。
であるがゆえに、あれだけ心清らかでおられるということを私たちも学ばなければならないのです。同様の心をもってチベットを支える、同様の心をもってチベットがフリーであることを願い、同様の心をもっていって、中国の人たちのところにも話をして、つながって、心通じ合って、伝えるべきことを伝えていって、同じ様な心になっていただくことを願いながら、行動して頂くことを切にお願い致します。
私は所詮坊主でございます。
どうしてもこういう話の仕方になってしまうことをお許しいただければ、と。
世の中は争いに満ちた世の中であるがゆえに、争いに満ちない世の中を作っていかなければならないのが、私たち人間の使命です。
それで皆様お一人お一人がそれを実現していく、果たしていく、伝えていくお役目があるということを、心の中にしっかりと持っていただきたいことをお願い申し上げます。
善光寺の坊主として申し上げることは以上です。
出発場所:新宿区「柏木公園」 集合:13:00〜 行進:13:30〜
到着場所:四谷区「新宿公園」

皆様おはようございます。
いままでこういった集会でお話をしていただきたいと言われたことが2度あるんですけれども、2度ともお断りしてきましたが、今回西依さんでいらっしゃいましたので、お受けさせていただきました。
なんで私がこんなガラガラを持っているかと言いますと、ガラガラ持たなければいけなくて、今日はちょっと東京に参りました。
実は今カルデンさんがおっしゃったこと、それに通ずることで一言触れたいと思います。
私、9時50分から30分、東京のあるお寺の場所で、ある方にお会いしました。
日本を代表する宗派の、ある派の管長さんです、
中国に76回行っていらっしゃる方。
日本の仏教界の中では最大の中国寄りのお坊さんでいらっしゃいます。
お寺を4つ復興されました。
ただその方はダライ・ラマ法王猊下と二度三度すでにお会いされていらっしゃるんですね。
その方が、じゃあ76回中国に入ったからといって、その方が中国寄りかと言うと、事実関係は中国寄りですけれど、心は中国の中の数多くの人たちのこころを見ようとされていて、心でつながろうとされていらっしゃる。
そして、同じようにダライ・ラマ法王猊下とお会いされて、法王猊下のお言葉を聞いていらっしゃいます。
重要なのはですね、私たちが、様々な残虐なことを知りえてしまった私たちがですよ、それをもとに私たちがその人を恨んだり、憎んだり、戦いをするにあたって、恨みでもって戦うことを私たちは捨てていくべきだということなんです。
それを実践されることができているのは、日本国内のチベットの方々であり、カルデンさん方であることは、みなさんよくご存知だと思います。
オリンピックの祭、収録されました様々な映像の中で、とても印象的な映像がございました。
それは、終わった後、1時間ぐらい特集でしたか、ニュースの中でございましたよね。
中国人の今回動員された学生さん方に、高速のサービスエリアでカルデンさんが話しかけて、握手を求め続けた、あの映像を見ていらっしゃいますよね。
あれは、実は勝ち負けが、人間は、世の中は、あったりなかったりする。
あれはすべてカルデンさんが勝ちです。
勝ち負けで判断した場合。
あの心が実は優れた心です。
相手とコミュニケーションしよう、話をしよう、それで握手をいたい。
この心です。
この心というのは高い心であって、広い心です。
様々な悪しき心が私たちの目の前にある。
日本国内でも同じですし、このチベットに関わっては特にそうだと思います。
しかし、私たちはその心を蓑前にしても、同じ心になってはいけないんです。
それこそダライ・ラマ法王猊下が「いちばんいけないことです」とおっしゃってることです。
名川クバ、そういった一つ一つの見聞きしてしまった恐るべきこと、悲しみのことを私たちの心の中の、心の泉の、瓶を低くもちまして、一つ一つをその中に沈めていく、沈めていきながら、それでも私たちは前を見て、それでも上を仰ぎ見て、より広い心を持つ努力を一人一人がして、日本におられますチベットの人たちの心に寄り添い、そして中国人達とも、彼らとも話をして対話をして、彼ら自身の一人一人に私たちが心を伝えていくことが、とても重要だと思います。
中国の人だから全部チベットを悪く思っている、そうとは限りません。
やはり少数民族の人、田舎で貧しい暮らしをしている人はチベットや少数民族の人たちに対して、連帯とか悲しみの心とか、自分たちと同じ苦しみをもっているんだという風に思ってたりします。
都会に住んでいても、苦労している中国人の中で、悪いことをしないで生きていこうと思っている人もいます。
そういう人たちと私たちが結びつくことによって、心がつながることによって、もっと広い心でチベットを理解していただくことが、かなうことになります。
そういった意味で今日お集りの皆様方は、一人一人がそういうお使いができる方です。
仏様神様はそれを願っています。
ダライ・ラマ法王猊下もそれを願っています。
私たちがチベットの旗を持つ時、チベットの旗を仰ぎ見る時、そのチベットの方々が信じている仏というものがあって、であるがゆえに、ここまでこられることができた。
であるがゆえに、あれだけ心清らかでおられるということを私たちも学ばなければならないのです。同様の心をもってチベットを支える、同様の心をもってチベットがフリーであることを願い、同様の心をもっていって、中国の人たちのところにも話をして、つながって、心通じ合って、伝えるべきことを伝えていって、同じ様な心になっていただくことを願いながら、行動して頂くことを切にお願い致します。
私は所詮坊主でございます。
どうしてもこういう話の仕方になってしまうことをお許しいただければ、と。
世の中は争いに満ちた世の中であるがゆえに、争いに満ちない世の中を作っていかなければならないのが、私たち人間の使命です。
それで皆様お一人お一人がそれを実現していく、果たしていく、伝えていくお役目があるということを、心の中にしっかりと持っていただきたいことをお願い申し上げます。
善光寺の坊主として申し上げることは以上です。
善光寺・チベット騒乱犠牲者追悼法要
ラベル:
事例集
4月26日 善光寺での追悼法要について
[2008年4月21日「平和を願う僧侶の会」が、長野県庁で会見]
平和を願う僧侶の会発表
善光寺での追悼法要の趣旨に賛同いたしまして、法要の実現にむけて協力させていただいている「平和を願う僧侶の会」から一言申し上げます。
世界中には、様々な人種、民族、国家、宗教が存在します。それらがお互いの差異を超えて慈しみ合い理解し合う平和な世界、多様なものが調和する世界こそが、私たち仏教徒の願う理想の世界です。そしてそれはオリンピック憲章の掲げた平等の理念と一致するものであると信じます。
しかし聖火リレーに先立って起こりましたチベットでの悲しい出来事は、私たちに、現実の厳しさを改めて思い知らせるものでした。ご存知のように、この動乱では、多くのチベット族の方々、そして漢族の方々が、尊い命を落とされたと伝えられております。
今、心を澄ませて、犠牲になったお一人お一人に思いを馳せれば、その誰もが、暖かな体温と、豊かな心をもった、幸せを願う一人の人間であったことに気がつきます。そして、立場の違いこそあれ、抗うことができない運命のめぐり合わせに人生を翻弄された犠牲者であるという事実があきらかになってまいります。
長野オリンピック開会式の平和の鐘から連なる様々なご縁を受けて、北京オリンピック聖火リレー開催日の朝に、善光寺本堂において、この事件で犠牲になられましたすべてのチベット族、漢族の皆さんの菩薩を、可能な限りお名前をお読み上げして、お弔いしていただきます。私たちはこれにより、国や民族、宗教などの差異を超えた平和な世界の実現を訴えていきたいと願うものであります。
もとより、私たちは、北京オリンピックの平和的実現、これを強く指示いたします。オリンピック憲章に示される平等の理想が世界に広がることは、私たちの切に望むところです。
そして、世界平和を願う皆様方が、北京オリンピックの成功を通して、お互いを慈しみ合う世界の実現に寄与されることを願っています。
願わくは、日本の、中国の、世界の心あるみなさんが、共に善光寺での法要にこころを寄せて、共に魏勢者の冥福を祈り、そして共に世界平和への思いを新たにしていただければ幸いでございます。
合掌
[2008年4月21日「平和を願う僧侶の会」が、長野県庁で会見]
平和を願う僧侶の会発表
善光寺での追悼法要の趣旨に賛同いたしまして、法要の実現にむけて協力させていただいている「平和を願う僧侶の会」から一言申し上げます。
世界中には、様々な人種、民族、国家、宗教が存在します。それらがお互いの差異を超えて慈しみ合い理解し合う平和な世界、多様なものが調和する世界こそが、私たち仏教徒の願う理想の世界です。そしてそれはオリンピック憲章の掲げた平等の理念と一致するものであると信じます。
しかし聖火リレーに先立って起こりましたチベットでの悲しい出来事は、私たちに、現実の厳しさを改めて思い知らせるものでした。ご存知のように、この動乱では、多くのチベット族の方々、そして漢族の方々が、尊い命を落とされたと伝えられております。
今、心を澄ませて、犠牲になったお一人お一人に思いを馳せれば、その誰もが、暖かな体温と、豊かな心をもった、幸せを願う一人の人間であったことに気がつきます。そして、立場の違いこそあれ、抗うことができない運命のめぐり合わせに人生を翻弄された犠牲者であるという事実があきらかになってまいります。
長野オリンピック開会式の平和の鐘から連なる様々なご縁を受けて、北京オリンピック聖火リレー開催日の朝に、善光寺本堂において、この事件で犠牲になられましたすべてのチベット族、漢族の皆さんの菩薩を、可能な限りお名前をお読み上げして、お弔いしていただきます。私たちはこれにより、国や民族、宗教などの差異を超えた平和な世界の実現を訴えていきたいと願うものであります。
もとより、私たちは、北京オリンピックの平和的実現、これを強く指示いたします。オリンピック憲章に示される平等の理想が世界に広がることは、私たちの切に望むところです。
そして、世界平和を願う皆様方が、北京オリンピックの成功を通して、お互いを慈しみ合う世界の実現に寄与されることを願っています。
願わくは、日本の、中国の、世界の心あるみなさんが、共に善光寺での法要にこころを寄せて、共に魏勢者の冥福を祈り、そして共に世界平和への思いを新たにしていただければ幸いでございます。
合掌
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